今昔の歴史と文化 暮らしが織りなす、国内随一の近世港町「鞆の浦」

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プロローグ

改めまして、どうぞよろしくお願いいたします。

今日は、「鞆・一口町方衆」応援プロジェクトの一環として、鞆のまちについて、お二人に色々お話を伺っていきたいと思っております。鞆の浦について改めて申しますと、新元号令和の典拠となりました「万葉集」にも、大伴旅人が(歌を詠み)句碑を鞆に残し、室町時代の幕開けと終焉の地であり、江戸時代には潮待ちの港として繁栄、隆盛を極めた、江戸時代の一大都市であったということ。幕末には坂本龍馬のいろは丸事件の地としてもその名を刻んでいる、千年を超える港町で、日本でも有数の歴史をもつ港町の一つです。

また、宮田長官も港町・佐渡島のご出身ということで、お互いに持たれている港町・鞆の浦の印象であるとか、特に(福山出身の)小林様には、ご自身と鞆の関わりや思い出とかがありましたら、色々とご紹介、ご披露いただければと思います。

うちのお袋も、お袋の姉も教員だったんですよ。

それで姉は、僕が子供のときは、鞆で、鞆鉄っていう鉄道がありまして、それで鞆の小学校まで通っていたので、そのおばちゃんのことを、「鞆おばちゃん、鞆おばちゃん」って言っていました。でも行ったことなかったわけですよ。

それが遠足で鞆へ行ったりするようになって。最初に遠足で見た景色。

忘れられないのは、僕が持っていた絵本で海の景色があるわけです。島があって、そこへ来たという感じがあって。「ああ、これが鞆なんだ。」というところから始まって。それで夏になると海水浴とか必ず鞆に行ったりするっていうことで。

大学入って1年先輩が鞆の「錦水」の跡取り息子で、その人が僕に「広島とか尾道はその頃から有名で、広島の方へ行く人間が増えるだろう。」と。で、「鞆はなかなか来てくれないんじゃないか。」っていう話をしたんですよね。その話が残ってて。今は、(日本を訪れる)外国の人が2、000万人くらい、この2、3年で増えちゃった。(※2)それで広島に行くと分かるんですけど、ヨーロッパの人間がすごく多いんですよ。広島ってこともあって。
(※2:平成30年の訪日外国人旅行者は3、100万人:観光庁調べ。)

アメリカ人もちろんいますけど、ヨーロッパの方が多いんです。中国とか韓国とかアジアの人間ももちろん多いんですけど。そうすると、彼が、(ここまで増えるとは)言ってなかったんですけど、流れで来るといいなみたいなことを思い出す。

ああ、鞆にね。

そうそう。最終的には、僕の個人的な体験から言うと、「ふるさとは人だ」っていうのがものすごくあって。改めてこういう風な景色をね、入り口ではあったけども、最終的に心に残っているのは、景色ではなくて、ぱっと浮かんだ人間の顔とか、温かさだったりするんで。やっぱり人っていうものが一つの大きなテーマになるんじゃないかなと。まあ今日のお話もね。

そうですね。そういうのはありますからね。あの、僕しゃべってもいいですか。私は、たまたま佐渡島で、家の裏が海なんです。すぐ裏が。

裏って言うんですか?

そうそう。常に潮騒を聴きながら育った人間だったので。あの、私は釣りキチなんで、特に瀬戸内海には、毎年鯛釣りに行っていました。

ああ、鯛はね。あと強いでしょう、鯛の引きが。独特の。

たまらんですね、あの瞬間は。キュッと。それで、僕は燈籠に対してものすごく印象が深いんですよ。たまたま鞆にも素晴らしい燈籠がありまして、あれほど立派ではないですが佐渡島にも岬の先に燈籠がありまして。古くてたぶん江戸時代からのものですが、相川金山、私のすぐそばの町なのですが、金山のところの広場に燈籠があって、その燈籠に塔火を灯して“佐渡おけさ”を踊る。

で、町の人たちや外から来た人達も呼び込んで一緒になってこの“佐渡おけさ”を踊るんですよ。これがまた実にいいなあと。明かりを求めて、もちろん虫も来るけど人も集まると。で、その辺のところの関係で言った時に、鞆って、ああそうか燈籠を一つのメインにしているなと。同じ共通なものがあったなと。

同時にもう一つは、全国的に知れ渡ったのは橋(架橋計画)ですよね。あれが良かったのか悪かったのかという話は横に置いておいて、何かがあって(全国的に)鞆を知ってもらうというのは大事なので。で、その後どうしたの、っていうところがまだ鞆にはないなと。せっかくあれだけ世の中の人が見てくれた、それをチャンスにして。それによって、より鞆の姿が大きくなってくると思います。

だから、一つ啓蒙する意味ではできているから、その次のステップという。

そういうことですね。そういう点では、この「一口町方衆」いいですね。(記念カードが)ステンレスで作ってある。僕も金属の人間なんでね、よくぞステンレスでやったな、たいしたもんだと。これ、持っている人のプライドになりますよね。
話が飛びますが、海っていわゆる水ね。天皇陛下も水に対して大変ご関心が高い。僕ら人間っていうのは水がなくては生きていけないという時に、水との関わり。それが鞆の場合は階段が水の中にあって、上には燈籠がある。あの印象は忘れられないですね。

その時に、水がなぜ恵みのものであり大事なものであるかっていうのを、もうちょっと鞆の人達にアピールしてもらえると、一口が二口になるんじゃないかと。十口になるとこれが金色になるとかね。そういう段階的な面白さを作っていってあげるととても面白いと思います。で、すごく嬉しかったのは、ふるさと納税の時に、お駄賃(=返礼品)をあげるのではなくて、(寄附金を)全てこの景観にかけるっていうあたりが。これってどうなの?みんなお駄賃状態だよね。

そうですね。返礼品を目的に、というところもありますけどね。

多いよね。僕も佐渡にやっているんですけども。(笑)

今の燈籠の話で。僕はね、お袋と鞆おばちゃんっていう先生、お袋は音楽と数学を教えてて。

(第2部へ続く・・・)