今昔の歴史と文化 暮らしが織りなす、国内随一の近世港町「鞆の浦」

福山市長

枝広 直幹

広島県福山市出身

プロフィール

昭和30年
福山市北吉津町生まれ

昭和43年
福山市立東小学校卒業

昭和46年
福山市立東中学校卒業

昭和49年
広島県立福山誠之館高等学校卒業

昭和55年
一橋大学経済学部卒業・大蔵省入省

昭和58年
外交官としてフィリピンに駐在

平成元年
官房副長官秘書官として内閣総理大臣官邸に勤務

平成10年
石川県総務部長

平成15年
主計局主計官(国土交通省・環境省担当)

平成21年
中国財務局長

平成23年
内閣審議官(地域活性化統合事務局長代理)

平成26年
近畿財務局長を最後に退官

平成27年
株式会社ナベショー(製鋼原料商社)の社長を務める(4月まで)

町並みと人々の暮らしの中に、近世港町の伝統文化が息づいている鞆の浦への応援をお願いします。

福山市長の枝広直幹です。

鞆(とも)の浦(うら)は、瀬戸内海の中央部に突き出た沼隈半島に位置する港町です。古くは万葉の歌にも詠まれ、中世からは潮待ちの港として栄えてきました。万葉集には、元号「令和」の引用元となった歌の作者である大伴旅人が鞆の浦に立ち寄った際に詠んだ歌も収められています。

潮待ちの港として重要な位置を占めていた鞆の浦は、北前船や九州船の寄港により、商業港として発展しました。特に朝鮮通信使は、しばしば鞆に寄港し、1811年(文化8年)常宿としていた福禅寺の対潮楼からの眺めを絶賛し、「日東第一形勝」(対馬から江戸までの間でここが最も景色が良いという意味)の書を残しました。

2017年(平成29年)に、鞆町中心部の町並みが国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、福禅寺の所蔵する朝鮮通信使関連の史料がユネスコ記憶遺産「世界の記憶」に登録されました。また、2018年(平成30年)に鞆の港町文化をテーマとしたストーリーが「日本遺産」に認定されるなど、歴史・文化で3つの評価をいただいたことは大変名誉なことであります。

このたび、鞆の浦の文化財の価値を適切に保存、活用しながらまちづくりを進め、鞆の再生・活性化につなげていくため、広島県と一緒に、広く皆さまに寄附をお願いすることとなりました。皆さまから寄せられたご厚意は、鞆の歴史・伝統文化などの価値を未来に継承するための貴重な財源として活用させていただきます。どうぞ、ご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

鞆のまちには、人々の静かな暮らしと祭りを中心とした伝統を大切にするコミュニティが息づいています。初めて訪れても懐かしさを感じる福山市、鞆の浦へぜひお越しください。